義母が去る日
義母が、介護施設へ入居することになりました。
そこは、義姉の知人が始めて間もない新しい施設でした。
義姉は、介護士の資格があるので、そこで働くことになり、
私たちも安心していました。
義母は、知らない人の中にいるのを好まない性格でしたのに、
移る際は一言も何も言わず、
娘たちが、微笑みかけながら支度し、されるがままに、
私たちの家から去って行きました。
介護施設の内情
その施設は、義兄弟たちの住む町にある、
山あいの奥まった所にありました。
何日か過ぎた頃、夫と義母のお見舞いに出かけました。
ナビゲーションに沿って車を走らせると、
その施設はこんな山奥なのかと驚くほど、
田舎にポツンと建っていました。
近くに家畜が飼われているのと、肥料工場があるため、
景色はいいのですが、
鼻をつく匂いが心を曇らせました。
門の横と出入口には、一匹ずつ犬が飼われていました。
施設に入って面会を申し出ると、
今は礼拝中なので少し待つようにと言われました。
待っている間、私は出入口の犬の前にしゃがんで、
なでようと手をそっと差し出しました。
しばらくじっと私を見つめていたのですが、
「ワン」とひと吠えしたあと、嚙みつかれてしまいました。
この犬たちは、愛情をかけられているのだろうか。
義母たちにはどうなんだろうか。
そんな不安が胸をよぎりました。
面会の許可がおりて、施設の中に入りました。
義母は、病院の6人部屋のような一室のベッドに座っていました。
この施設では皆ベッドに座っていて、
介護士以外、誰一人歩き回っている人はいませんでした。
「お母さん、お元気でしたか?」
義母は、夫の顔を見て、涙ぐみながら、
「うんうん」と頷くだけでした。
義母はその二ヶ月あと、そこを出て、
義姉と暮らすことになりました。
義母の回復
ほんの数年前は、
「畑仕事がしたい」と言っていた義母でした。
好き嫌いがはっきりしていたのに、
こんなにも急激に人は変わってしまうものなのかと
思うくらい、義母は口数が減りました。
あの施設を出たいと、一言も言うことはありませんでした。
施設から出たばかりの頃は、
一人で歩くことさえできなくなっていました。
それが、また歩けるようになるまで回復したのです。
表情も穏やかになり、気品が感じられるほどでした。
ただ、認知症は進んで、
身内でさえも誰なのか分からなくなっていました。
なので、私たちが訪問すると、
いつもお客に接するように丁寧な挨拶をしてくれるのでした。
その後、義母は義姉と一年程過ごして他界しました。
人生の終盤をどう寄り添ったらいいのか
認知症の義母と接しながら、
私は、いつも思っていたことがあります。
認知症は、死への理解が薄れていくことで、
死ぬことへの恐怖から遠ざけてくれているのかもしれない。
辛かった過去さえも、
静かに拭い去ってくれているのかもしれない。
それは不幸なことではなく、
むしろ穏やかな場所へ向かうための過程なのではないか――。
そんなふうに、いろいろ考えてみたけれど、
義母の清らかな表情を見ていると、
そのどれもが取るに足らないことのように思えてくるのでした。
どんな状態であれ、ただ義母が尊く感じるのでした。
その一年後に、実母も他界しました。
人が逝くときは、あまりにも突然です。
今までひと時を共にしてきたのに、
もう会うことができないのです。
これまで一緒に過ごしてきた時間が、
急に重みを増して大切に感じられるのでした。
義母にも実母にも、
私は、良い思いを抱いてはいませんでした。
二人には、最後の挨拶をできないまま、
先立たれてしまいました。
そうしてやっとのこと、
せめて、喜んでもらえる一言を贈りたかったのだと、
今になって心が痛むのです。



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