介護からの脱却まとめ|介護を終えて5年後に思うこと

義母との同居介護

この連載は、
認知症の義母との同居から始まった介護生活の記録です。
迷い、葛藤し、壊れかけながらも、
「自分の人生を取り戻す」までを書きました。


これから読まれる方は、第1話から順にお読みください。

【介護からの脱却①】断れなかった義母との同居

【介護からの脱却②】糖尿病の義母配慮が誤解に変わった日

【介護からの脱却③】介護の中で自分を見失った理由

【介護からの脱却④】認知症の義母と紙おむつ介護の現実

【介護からの脱却⑤】認知症介護で崩れていった家族

介護からの脱却⑥】介護に飲み込まれていた私に気づいた日

【介護からの脱却⑦】介護をやめる決意をした日

【介護からの脱却⑧】介護を断ったとき親族はどう反応したか

【介護からの脱却⑨】介護の先で見つけた諦めたはずの夢

【介護からの脱却⑩】介護をやめたあとで

身近な人が、少しずつ衰えていく姿を見つめ、
その日常を支え続けることには、
言葉にしきれない辛さがあります。

自分自身も、年齢とともに力が衰えていく中で、
「それでも引き受けなければならない」
そんな状況で下した決断だったと思います。

多くの人が、
「私がやらなければならない」
そう思いながら、介護を始めるのではないでしょうか。

簡単なことではないと覚悟して引き受けた介護でしたが、
一度その役割を担うと、
日増しに増えていく負担と、
簡単には手放せない現実がありました。

達成も前進も感じられない日々。
良い方向に変わっているのかも分からない時間。
忍耐と、あきらめに近い気持ちが続きました。

日に日に進んでいく認知症の義母の介護を通して、
私は、たくさんの感情と向き合うことになりました。
そして、同じように感じている人が、
きっと他にもいるはずだと思い、
このブログを立ち上げました。

もし、今ひとりで介護をされているのなら、
その重さは想像以上だと思います。
そして今、同じように悩んでいるなら、
この体験が、何かの参考になれば幸いです。
私自身、答えを見つけたわけではありません。
それでも、出口を探す途中で見えたものがあります。

ここでは、
「何が正しいか」
「どうあるべきか」
を語りたいわけではありません。

同じように介護をされている方が、
誰にも言えずに抱えてきたその気持ちに、
押しつぶされないよう願っています。
そして、自分の思いを少しずつ言葉にしていく
手助けができたら、うれしく思います。

今支えている方を大切に思うように、
ご自身の気持ちもどうか大切になさってください。

そして、最後にひと言だけ。
介護生活の最中は、ただ辛いだけでしたが、
様々な思い出を通して、今は尊い日々であったと感じています。

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