義母を心配して、知人や親戚たちが
訪ねて来るようになりました。
お茶菓子を囲み、楽しい団欒のひととき。
ところが義母は糖尿病なのです。
それはみんな知っているはずでした。
ある程度の配慮があっても、
「せっかく来たんだし、
少しくらい大丈夫でしょう。」
このように気持ちは緩んでいきます。
来客が帰ったあと、三人の子供と夫が
別々に帰ってきます。
そのたびにジュースやアイスクリームなどを
口にします。
居間のソファーに座っている義母の視線が、
揺らいで私たちに注がれました。
人情を優先すれば病状が悪化する。
健康に配慮すれば「もてなしが悪い」と言われる。
このような板挟みの私を見て、
兄弟たちは、
義母を粗末に扱っているのではないかと、
疑っているようでした。
義母のことを思ってした行動が、
いつの間にか「冷たい嫁」という評価に変わっていく。
そのことを、はっきりと突きつけられたのが、
お正月に兄弟たちが集まった日のことでした。
私はその前日、食材を買いにバスに乗って出かけました。
その日は雨が降っていて、
義母は頭が痛いと言って部屋で休んでいました。
傘をさし、重い荷物を抱えて帰ってきた私を見て、
義母は表情を曇らせました。
「大丈夫ですから、気にしないで」
その時は義母の気持ちを
知らずに、そう言いました。
この年からお正月は親戚たちも来るようになり、
料理の盛り付けや後片付けで忙しくなりました。
そんな中、
義母がしくしくと泣いているのが見ました。
何を話しているのかわかりませんでしたが、
兄弟たちのため息声も聞こえてきました。
その後日、外国に住む叔母から電話がありました。
叔母は、なぜ義母をおいて一人で買い物に行ったのかと聞いてきました。
「買い物はお義母さんと行った方が楽しいでしょうに」
それで私は、あの日義母の表情が曇っていたのは、
私への心配ではなく、
買い物に行けなかった残念な気持ちだったことを知りました。
嫁が認知症の義母の世話を快く引き受けるわけがない――
そんな嫌悪感を抱いた話が、
めぐりめぐって外国にまで届いていたのです。
大多数の思惑に対しては、
何を言ったとしても言い訳にしかなりません。
もし仮にあの日一緒に買い物に行ったとしても、
用事を押し付けた思いやりのない嫁だと言われたことでしょう。
親戚たちは私よりも長く義母と過ごしてきた人たちです。
義母が認知症になり、
やるせない気持ちになるのは分かります。
でも、その矛先を向けられたようで、
私は悔しさでいっぱいになりました。
初めから同居を拒んでいれば、
嫌われたとしても一時で済んだかもしれない。
私はこれからもずっと陰口を叩かれるのだろうか。
私の何がそんなに悪いのか。――
そんな答えの出ない思いに苦しみました。
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