一度関係がこじれると、
それまで善意だと思っていた言葉が、
すべて「評価」や「要求」に聞こえてくるようになりました。
兄弟たちが教えてくれる義母の好みさえ、
私には、責められているように感じられたのです。
そんな中で、私はその要求に応じることしか考えていませんでした。
兄弟たちに比べて、義母への愛情が足りなくて不安でした。
――義母に寄り添いながら、親身にお世話をしていけるだろうか。
街角で、老婦人の手を取って歩く人を見れば、
――世間一般的に、みんなちゃんとできている。
私もやるのが当然だ。
やり続ければ、
きっと愛情を持てるようになれる――
やり続ければ、
きっと親族たちと良い関係を築ける――
けれど、飲み込みきれない重圧感から、
同じように介護の経験をされたことのある方の二、三人に、
どうしたらいいのか尋ねてみました。
ところが、答えはみんな同じでした。
「それを子供が見ている。
いずれ自分も同じように扱われるんだよ。」
親戚の前でも、
街ですれ違う誰かの前でも、
そして子供たちの前でも、
逃げられなくなってしまいました。
今振り返ると、
評価されることに囚われ過ぎて、
周りを見る余裕がありませんでした。
気づかないうちに、
私の不手際を探している人たちの都合に合わせて、
行動するようになっていました。
何を食べさせているのかと聞かれたら、
「食べさせたいものがあるなら、持って来て。
一緒に食べましょう。」
新しいジャンパーを着た子供を見て、
義母には買ってやらないのかと聞かれたら、
「着せてあげたいジャンパーを選んで
買ってきて下さい。」
もし、こんなふうに、笑って言うことができていたら、
介護もそれほど辛くなかったと思います。
兄弟たちとも、良い協力関係を持てたかもしれません。
けれど当時、“ちゃんとしなければ”という思いに、
がんじがらめになっていた私には、
そんな心の余裕はありませんでした。
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