60代、マルチタスクをやめてみる

50,60代からの人生再設計

ながら生活の楽しさ

ながら族でした。
効率的に時間を使う人が賢いと思っていました。
一秒も無駄にしたくなかったのです。
同時に二つ、三つの行動をすると、
脳みそが活性化していくようで楽しかった。
失敗もやらかしました。
でも、それが「今度こそは、うまくやるぞ!」
そういう励みになって、本当に楽しかったのです。
「ながら族」という言葉には、
どこかに中途半端な響きがありました。 
いつのまにか、その代わりに
マルチタスクという言葉が使われるようになりました。
今では、誰もがどこに行くにもスマホを持ち歩いて、
私たちのほとんどが”ながら族”かもしれません。

情報過多の問題


同じテレビを見ていた時代とは違い、
それぞれが別の画面を見ています。
食事を共にしているのに一緒にいる感じがしません。
実体験よりも映像のほうが現実味を帯びてきて、
「ねえ、ちょっと!」と、
声を張り上げたくなる時もあります。
このごろは、情報が多すぎるから、
あれもこれもと、頭が欲張りになってしまいます。
違う職場や住居からここに来て、
やっと同じ時間を一緒にしているというのに。
本当は、みんな分かっているのかもしれません。
それでも、映像の中の楽しさの方が心地よく、
現実への関心は静かに薄れていきます。

制御できない身体

私たちの好奇心は、
貪欲に外へ遠く連れ出そうとしていきます。
それでもまだ、興味のあることに
集中しているならいいのですが、
街中で音楽が流れていると、
そのフレーズを頭の中で何度も繰り返したり、
頭は、黙ってはいられないのです。
頭だけでなく、なにか甘いものを口にしてしまったり、
無意識にペンを回したり、
意志とは無関係に動いてしまうのです。
自分が自分を制御できずに過ごしているのは、
少し恐ろしい気がします。
テレビを見ながら、歯を磨いたり、
スマホを見ながら、ご飯を食べたり、
そんなことを繰り返して、
身体がばらばらに動き出しても、
平気になってしまったようです。
まるで中身のない器みたいに、
自分の中心が空っぽになっていました。

高校時代の集中体験

高校生の頃、部活動ではランニングから始まりました。
夏の暑い中、グランドを10周走り終えて、
一息ついた時、
頭が真っ白になって、
ただ呼吸することが心地よかったのを覚えています。
ひと呼吸ごとに視界が開けて輝き出し、
音と香りが鮮明になりました。
あの時の風、みんなの笑顔、空の雲、木々のざわめき。
「生きてるってこんな感じ」
そんな爽快感がありました。
あの時、脈打つ血流を通して、
身体が一つになっているのを感じました。

60代の迷い

「何をしたらより良く生きられるだろうか」と、
迷い続けて、気がつけば60を過ぎてしまいました。
納得のいく成果が見えていないというのに、
体力的にも精神的にも、頑張りが続かない。
年齢が気になり始めました。

何をしたらいいのかなんて、
これまでさんざん探してきたので、
もう何でもいいような気がしてきました。
頑張ろうなんて自分を追い込むのも、
時代錯誤のようにさえ思えてきます。

丁寧な暮らしへ


とりあえずは、「ながら」をやめて、
丁寧な暮らしを心掛けてみよう。
そこから始めてみようと思います。
できればもう一度、精神と身体を一つにして、
今を生きているという実感を取り戻したい。
そんなことを思うようになりました。

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