「高齢化社会と家族のかたち」について考えました。
この冬は大雪でした。
冬は、雪かきによる体力と暖房費が消耗される季節です。
私の実家は北海道で、二年前母が亡くなりました。
父は、庭の木の冬囲い作業中に脳出血で倒れ亡くなってます。
その後、母は一軒家に14年間独り暮らしでした。
亡くなってからの想像でしかないかもしれませんが、
その人の思いが伝わってくることがあります。
「もう、心配をかけないで済む。」
10月末に逝った母のそんな言葉が聞こえたように感じました。
雪の降らない所に住んでいる私は、遠く離れていることを理由に、
頻繫に実家へ帰ることがありませんでした。
母は、週に二、三回入浴や食事のサービスを受けていました。
その施設の方々が、とても親身になってくれていました。
私が実家に来るというので、予定日のキャンセルを連絡しても、
その日実際に自宅まで来て、安全を確認してくださいました。
そのこともあって、ほとんどが電話で済まされていました。
私の娘ともよく電話で話していました。
母は孫娘からの電話の内容を嬉しそうに毎回私に伝えるのです。
「ああ、そう。分かった。こっちから電話またかけるから。」
それが、私と母との最後の会話でした。
施設の方が、昼間なのに電気がついていることで、
母の死亡の確認がされました。
母は同居して、支えてくれる人が近くにいないこともあり、
気を張って暮らしていた分、
認知症の進行を免れていたのかもしれません。
ただ、父が亡くなった時や、独り暮らしはさみしかったと思います。
そのさみしさを汲んであげられなかったことは、
本当に後悔しています。
母の死の知らせは、娘の誕生日を家族で祝ったあとに届きました。
親としての最後の責任感、子どもに負担をかけたくないというのが
母を含めて親の多くの方の思いなのでしょう。
私の近所に、足の不自由な70代の方と挨拶をかわして
知ったことですが、
ご自宅で立ち上がれなくなったご主人の介護をされているとのことでした。
「お一人でも大変なのに、買い物に出かけて大変ですね。」
そう伺うと、
「時々、娘が掃除などをしてくるからそうでもないよ」と、
笑顔で答えてくれ、同居中の義母を気にかけて、
義母は元気かと逆に問いかけてくれました。
ある時、痛々しく見えていた足取りが軽くなっていたので、
どうされたのかと尋ねると、息子さんに勧められて、
手術を受けたとのことでした。
できるだけのことをしたいのが子どもとしての立場です。
ただ完治したのではなかったらしく、
数年後に、息子さんと暮らすことになったそうです。
介護が思いやりを持って母から息子へと移っていったようでした。
高齢化が進む中、年金制度の不安、
核家族化と財産相続の問題など介護の役割負担は、
様々な要因から兄弟と家族の対立を招きやすいものです。
けれど今現在、国民の20人に一人が介護を担っているそうです。
とても身近な数字です。特別な家庭の話ではなく、
私たちの足元にある現実です。
共働きで、自分の時間を大切にする生活様式が主流となるなかで、
介護する側もされる側も、納得できる選択をしたいものです。
独りでいる自由は尊いものです。
自分の時間を自分で決め、誰にも遠慮せずに暮らせることは、
人の尊厳を守る一つの形でもあります。
けれどその自由は、体力が衰えたとき、
急に心細さへと変わることがあります。
体力に限界があり、経済には制限があります。
一方で、家族と暮らす安心は確かにあります。
しかし距離が近い分だけ、感情の摩擦も生まれます。
善意が期待に変わり、期待が不満に変わることもあります。
それぞれに事情があるので、
答えを一つに定めることはできないでしょう。
でも、声に出さなければ伝わりません。
正直な思いでなければ、心に響く理解を得られません。
私たち一つ一ひとつの家族の変化が、
社会全体の改善に繋がっていくのだと思います。
私が介護される側になったら、
母のようにどれだけ子どもたちに心配をかけないよう配慮できるだろうかと考えてしまいます。
あるいは、そんな思いが強すぎるあまり、
素直に頼ることまで遠ざけてしまわないだろうか。
また、家族のいない方が、自分で判断できるうちにと
早々と老後の生活を整えている話も聞きます。
不安が先走り、これから訪れるはずの希望まで、
見失ってはいないだろうか。
高齢化社会とは、制度の問題だけではないのだと思います。
人と人との距離をどう取るか。
自立と支え合いの境界をどこに置くか。
それをそれぞれが模索し続ける時代なのかもしれません。
だからこそ、私たち一人ひとりが、
お互いに寄り添う気持ちを持つことが大切なのだと感じます。
そして、感謝を伝えられる関係を育てていけたら、
これからの介護の負担は少し軽くなるのかもしれません。
介護する側もされる側も、
誰もひとりにさせないこと。
それが何より大きな支えになるのではないでしょうか。
誰もが老いていきます。
だからこそ今、私たち世代ができるのは、
完璧な答えを探すことではなく、
正直な思いを言葉にし、話し合うことなのだと思います。



コメント