介護離職がもたらすもの
「介護のために仕事を辞めました」という言葉の裏には、
想像以上に重い代償があります。
介護離職は、本人の収入減少だけでなく、
将来の年金額やキャリア形成にも
影響を及ぼします。
経済的困窮、社会との接点の喪失、
アイデンティティの揺らぎ。
さらに、24時間介護と向き合うことで
心身の健康を崩してしまうケースも
少なくありません。
一方で、企業にとっても熟練した人材の流出は
大きな損失です。
労働力不足が深刻化する中、
介護離職は企業の生産性低下や
社会全体の経済損失にもつながります。
つまり、介護離職は
「一個人の問題」ではありません。
それは家族の生活基盤を揺るがし、
企業や社会にも波及する構造的な問題なのです。
離職によって収入が途絶えれば、
親の介護費用を支える力も弱まり、
結果的に「共倒れ」に近づいてしまいます。
では、なぜ人は離職を選んでしまうのでしょうか。
介護離職に陥る過程と理由
介護離職は、必ずしも要介護度が
最重度になってから起きるわけではありません。
むしろ、比較的軽度の段階で始まることが
多いのです。
認知症の周辺症状への対応、
通院の付き添い頻度の増加、夜間の呼び出し。
将来への不安が積み重なり、
「このままでは仕事を続けられない」と感じてしまう。
一方で、要介護5のような重度の場合は
施設入所が進みやすい面もあります。
しかし、入所までの待機期間に
家族が精神的に追い詰められ、
その間に離職してしまうケースも少なくありません。
そしてもう一つの要因が、
「制度を知らないまま辞めてしまう」無活用離職です。
戦略①:辞める前に知っておくべき公的制度と権利
仕事と介護の両立を支える制度は、
すでに法律で整備されています。
代表的なものが、育児・介護休業法に基づく
以下の制度です。
1.介護休暇
対象家族1人につき年5日(2人以上で年10日)。
急な通院や手続きに利用できます。
1日単位や時間単位で取得可能です。
なお、有給か無給かは会社規定によります。
2.介護休業
通算93日まで(3回まで分割可)。
介護休暇とは別枠です。
ここで重要なのは、
「介護休業は、自分が介護し続けるための休みではない」ということ。
それは、プロに任せる仕組みを作るための“準備期間”です。
3.介護休業給付金
雇用保険から、休業前賃金の約67%が支給されます。
長期の介護休業に対して支払われるもので、
1日単位の介護休暇には原則適用されません。
それにもかかわらず、制度を使わずに辞めてしまう人がいます。
理由の一つが「隠れ介護」。
職場に言い出せず、一人で抱え込んでしまうケースです。
また、人手不足への罪悪感や
「休む社員はやる気がない」という
アンコンシャス・バイアスも壁になります。
さらに、介護の終わりが見えない不安から
「93日をいつ使うべきか分からない」と温存したまま、
限界を迎えてしまうこともあります。
しかし、制度利用を理由とした解雇や不当な降格、
減給は法律で禁じられています。
不当な扱いがあれば労働局へ相談する権利があります。
企業側にも「両立支援等助成金」があり、
従業員が働き続けることは
会社にとってもメリットです。
制度を使うことは、遠慮ではなく「権利」なのです。
戦略②(交渉)上司や人事を「味方」に変える
上司は、困らせる相手ではありません。
一緒に解決策を考えるパートナーになってもらうのです。
1.早期開示
状況が悪化する前に、予兆の段階で相談る。
「限界です」と言う前に
「今後こうなる可能性があります」と
共有することが重要です。
2.貢献意欲を伝える
「辞めたい」ではなく、「この仕事を続けたい。
そのために調整をお願いしたい」と
前向きに伝えましょう。
会社は“辞意”よりも“継続意欲”に応えやすいものです。
ここで忘れてはいけないのは、労働力不足が深刻今、
会社にとって「熟練したあなた」に辞められることは、
採用・教育コストを含めれば
数百万円単位の損失になり得るという事実です。
あなたが思っている以上に、あなたは“資産”なのです。
3.情報の見える化
親の状況、必要なサポート、可能な勤務形態、
自分が担える業務を整理して提示する。
感情ではなく情報で話すことが、信頼を生みます。
さらに一歩進めるなら、
自分が休む間の業務をマニュアル化したり、
共有体制を整えたりすることも有効です。
これは単なる“穴埋め”ではありません。
「誰かが欠けても回る組織」にすることは、
チーム全体のレジリエンス(強靭さ)を
高める行為です。
突然の欠員は士気を下げますが、
仕組み化が進めば、むしろ効率化が進み
チームは強化されます。
あなたが離職を食い止め、
制度を活用しながら働き続ける姿は、
同じ不安を抱える同僚や後輩にとっての
“希望”になります。
さらに、あなたが介護休業などを活用し
無事に復職することは、
会社にとってもメリットです。
両立支援に積極的な企業は助成金の対象になったり、
「優良企業」として評価される可能性もあります。
あなたの選択は、個人の問題にとどまらず、
組織文化を一段引き上げる力を持っているのです。
戦略③ケアマネは私のマネージャー
ケアプランの主役は親です。
しかし、そのプランを支えるあなたが倒れたら、
すべて崩れてしまいます。
ケアマネジャーは、親のためだけの存在ではありません。
あなたの生活も含めてマネジメントする専門家です。
「仕事が忙しくて寝不足です」
「精神的に限界を感じています」
その一言が、ショートステイや
サービス追加といった具体策につながります。
地域の相談窓口:まずは地域包括支援センターへ
「どこに相談すればいいか分からない」
そのときの最初の砦が、地域包括支援センターです。
保健師、社会福祉士、ケアマネジャーなどがチームで対応し、介護保険申請の手続きだけでなく、
・「親が最近おかしい」
・「自分が疲れてしまった」
・「何から始めればいいか分からない」
といった漠然とした不安にも応じてくれます。
相談は、限界になってからではなく、違和感の段階で。
早いほど、選択肢は増えます。
ケアマネや地域包括支援センターを活用することは、
「任せる」ことではなく、「戦略的に分担する」ことです。
仕事を続けることが、親との「良い距離感」をつくる
「親を捨てて仕事を取るのか」という罪悪感。
しかし、その発想自体がもう古いのです。
仕事は、介護から逃げる場所ではありません。
それは、心を守る避難場所です。
24時間介護のことだけを考えていれば、
親子ともに煮詰まります。
仕事という別の世界があることで、精神はリセットされます。
また、プロのケアを借りることは、
決して手抜きではありません。
素人が無理をするより、
専門職の支援を受けたほうが親にとっても快適です。
あなたは「介護担当者」ではなく、「愛する子ども」でいられます。
そして何より、経済的安定は心の防波堤です。
収入を守ることは、将来「お金があれば……」
「親のせいで……」と後悔しないための、
最大の愛のかたちです。
仕事を続けること。
それは、あなた自身と、大切な親御さんの笑顔を守るための
最善の戦略なのです。



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